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御祓地区出身の文化人-大森玉木(1886~1964)

衆議院議員、興行師

石川県鹿島郡七尾町直津(現在の七尾市直津町)に林久松の五男として生まれた。
一本杉町の大森家に婿養子入りして大森姓となる。
後に上京。(どうも関東大震災後出て行ったらしい)
大相撲に入り、相撲をとっていた時期もあるそうだ。
その後、興行師として活躍。1930年(昭和5年)、浅草公園六区(浅草伝法院すぐそば)で安来節を上演していた御園座を改築し、玉木座を開業。浅草興行組合理事として活躍していた。
(ちなみに七尾でも玉木映画劇場を建て、今の「中央ビルますや」の北東部の一部がそれにあたるそうです)
玉木座の事は川端康成の『東京紅團』※にも描かれている。
チェロ奏者だった佐々木千里を支配人として経営を任せる一方、劇団プペ・ダンサントを発足させてエノケンこと榎本健一などが活躍した。

石川県第2区選出代議士戸部良祐(民政党)の知遇を得て帰郷、1929年環(たまき)から玉木と改名、七尾市議会議員に当選(戦後の1947年(昭和22年)、衆議院議員総選挙に当時の民主党から出馬し当選。以来通算6期務める。
その間衆院懲罰委員長、第2次岸内閣の北海道開発政務次官を歴任。
改進党副幹事長、顧問、民主党代議士会長、総務、自民党両院議員総会副会長等を務める。
1964年(昭和39年)2月19日、講演会で倒れ死去。

※川端康成『東京紅團』に出てくる玉木座の箇所抜書
…「おや、君は今さっき玉木座で、僕の隣りにいた人ですね。」
 娘はハンカチを快へ円めこんで、さっさと歩きだした。梅吉は少し驚いたらしかったが、
「玉木座で君、眼に涙を一ぱいためていたね。僕見てたよ。なんか悲しいことがあるんでしょう。外へ出て涙を拭く時に、そのハンカチを落したんだね。涙で少し湿っでやしなかったかな。」
「それであんた、その悲しいことを聞いてやろうっていう御親切ね。」
「う。」
「ちょいとあんたの先廻りしちゃったわね。」
「おい君。」
「ハンカチを返せでしょう。だけどもらっといてもいいわね。こんなもの、まだ予備が三四枚ポケットにあるんじゃない? もっと乗せられがいのある、新手をお出しなさいよ。」
「ははははあ、とんだお見それ申しやしたってやつかね。そいつも面白い。とにかくハンカチは、涙を拭く役には立つさ。」
「ほんとうま。」と、娘はハンカチを出して、眼をこする振りをしながら、
「あの(銀座小唄)ね、私あれを聞いてると変に涙が出ちゃったのよ。」
「銀座病患者か、お前もね。」
「だって、玉木座じゃ、安来節だって、小原節だって、万才だって、見物はみんなお座敷へ芸者を呼んだつもりで、囃し立てたり、合の手を入れたり ── 職工や土方の宴会だわ。それがどう? (銀座、銀座、恋し銀座) つて、ジャズで歌い出すと、みんなしいんと鳴りをしずめちゃって、お殿様の前へ出た乞食みたいに神妙にさ。一たい銀座ってなんなのよ? 玉木座の客には銀座になんの用があるの? 銀座を見たこともない人だって、きっと多いわ。銀座のお嬢さんで、浅草を知らない人があるのと同じようによ。 ── 私むやみにくやしくなっちゃったの。」…」

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