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[シリーズ] 御祓のお宮さん、お寺さん No.9 願正寺-2/2

浄土真宗大谷派 面章山 願正寺 その2

 今回は願正寺で行われる太子講について紹介します。

 太子講ですが、全国で昔から広く行われてきた信仰で、特に真宗の間では、聖徳太子が寺院建築史上で大きな存在であった事から、江戸時代には職人, ことに大工,左官,鍛冶屋,屋根葺き,桶屋などが工匠の祖として崇敬され、太子像を掲げたりして同じ職業同士などが講を組み祭る風習がありました。

 江戸時代に記帳された七尾町大工講の記録をみると、天明8年(1788年)からの記入があり、金銭収支などが書かれ太子講の様子がうかがえます。

 ただしその頃から願正寺で行われたのではなく、七尾では文政年間頃から盛んとなり、江戸期頃は会場は個人の当番制だったのが、明治初年頃には「○○町講中」という名が登場し、個人から町内別に当番が変わりました。巡番制になると、町端で不便な所になったり、個人の家で適当な家が無い場合が出て、次第に寺を借用することが多くなりました。

 お寺を借りるようになると、係る経費が大変となり、昭和3年1月3日の太子講新年会において太子堂建立の提案が出されると、すぐその案は衆議一決しました。というのは講はその前年まで資金不足だったのですが、かねてから講中積立資産としていた勧業債券が運良く当選して金百円を利得したそうです。それで場所も七尾町内の中央部に位置した願正寺の境内に決まり、後日それを打診すると、当時の願正寺の住職もその志願を受入れ建立場所が確定しました。また住職との間に太子堂敷地全部永代無償貸与の承認誓約も交わし、同年5月に起工し7月13日に堂宇完成します。同年12月1日は同寺住職三藤庸映を導師として盛大な遷仏法会を挙行されたという事です。

 ただしこの太子講は太子堂内ではなく、(二間四方の狭い建物なので)同の中に安置してある厨子を本堂に移して行われました。

 七尾町大工講の頃の太子講では、全国的には聖徳太子十六歳の絵像軸が厨子内もしくは床の間に掲げられる形式が普通のところ、願正寺の太子講では職人達が使う道具(鋸・釜・斧・金槌ほか)や仏具等で作られた「南無阿弥陀仏」の六字名号が掲げられたようで大工組合、壁屋組合、建具組合が参加したようです。

 現在願正寺で行われている太子講は、正月5日に行われている七尾造船太子講があります。七尾地区の造船5社(清水造船建設、川崎造船所、近藤造船所、鳥毛造船所、石川ドック)が集まって共催し、本堂に聖徳太子像を掲げて法要します。

(主な参考図書)『新修 七尾市史 8-寺社編』『新修 七尾市史 13-民俗編』『石川縣鹿島郡誌』『図説七尾の歴史と文化』

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